資金繰りの不安が続くと、どうしても視界が狭くなります。目の前の支払いをどうにかすることに全神経を使い、気づけば「自分はもうダメなのではないか」「何をやってもうまくいかない」という感覚が、心の中に深く根を張ってしまうことがあります。前回のコラムでは、人が絡む問題については、原因を掘り下げるのをいったんやめて、今の状況をただ眺めてみることをお伝えしました。今回は、その「眺めた先」で、どうやって再び前を向くかについてのお話をさせてください。
うまくいかない時期が続くと「できない自分」が刷り込まれてしまう
経営者として、一番つらいのは「数字」そのものよりも、「自分の力で状況を変えられていない」という感覚かもしれません。計画を立てても、想定外の出来事で頓挫する。指示を出しても、幹部が期待通りに動いてくれない。そんな経験が積み重なると、意識しないうちに「自分にはもう、状況を好転させる力がない」という思い込みが刷り込まれてしまいます。
これは能力の問題ではなく、心の防衛反応のようなものです。何度も壁にぶつかると、心はこれ以上のダメージを避けるために、無意識にブレーキをかけるようになります。「どうせ無理だ」と感じることで、挑戦して失敗する痛みから自分を守ろうとするのです。この状態になると、たとえ頭では「何かを変えなければならない」と分かっていても、いざ行動しようとすると足がすくみ、体が動かなくなる感覚に陥ります。
この「見えないブレーキ」を抱えたまま、一人で「もっと強くならなければ」「もっと大胆な策を打たなければ」と自分を追い込んでしまう方も少なくありません。しかし、心が疲弊している状態で無理に強い力を出そうとしても、空回りしてしまうことが多々あります。
大きな一歩を設計するほど、足は止まってしまう
焦りが強くなると、私たちはつい「劇的な大逆転」を求めてしまいます。例えば、「来月までに売上を〇%上げる」「組織体制を根本から作り直す」といった、いわば「大きな一歩」の計画を立てることです。もちろん、方向性としては正しいかもしれません。しかし、今のあなたにとって、その一歩はあまりに距離が遠すぎることがあります。
心にブレーキがかかっている状態で、いきなり高いハードルを設けてしまうと、それを飛び越えられなかったときに、さらに「やっぱり自分には無理だった」という負の刷り込みを強めてしまいます。大きな一歩を目指して失敗することは、今のあなたにとって、単なる計画の不備ではなく、「自分の能力の限界」として受け取られてしまいかねません。
いま必要なのは、劇的な変化を起こすことではなく、まずは「自分はまだ、状況を変えることができる」という感覚を取り戻すことです。そのためには、小さな一歩を設定することが重要です。
まずは「もうできていること」に光を当てる
ここで大切にしていただきたいのが、「できていないこと」を探すのではなく、「もうできていること」を見つける作業です。赤字が続いていたり、資金繰りに追われていたりすると、どうしても「足りないもの」「欠けているもの」ばかりに目が向きます。しかし、実際には、完全ではなくても、部分的に前進していることや、維持できていることが必ずあります。
例えば、こんなことはないでしょうか。
- 完璧な管理表はないけれど、日々の入出金だけは毎日確認できている。
- 組織改革は道半ばだけど、現場の社員が困っているときに声をかけている。
- 新規開拓は停滞しているけれど、既存顧客との信頼関係だけは維持できている。
これらは、一見すると「当たり前」のことかもしれません。あるいは、「成果が出ていなければ意味がない」と感じるかもしれません。しかし、今のあなたにとって、これらの「小さな継続」こそが、最も価値のある資産です。
完全である必要はありません。「少しだけできている」「一部だけは機能している」。その断片を見つけ出すことが、止まってしまった足を動かすための足場になります。
今の自分に「完璧」を求めるのではなく、「部分的な前進」を探すことが、回復への最短ルートになります。
「半歩」だけ前に進む感覚を取り戻す
「もうできていること」が見つかったら、そこからほんの少しだけ、「半歩」分だけ前に進んでみます。大きな一歩ではなく、本当にわずかな微調整でいいのです。
例えば、「日々の入出金を確認できている」という足場があるなら、そこに「あと1項目だけ、支出の内訳を詳しく書いてみる」ことを加える。あるいは、新規の受注は取れていないけれど、アポイントは来週3件入っている。これくらいの、誰が見ても小さな変化で十分です。
なぜ「半歩」でいいのか。それは、この小さな成功体験が、心にかかっていたブレーキを少しずつ外してくれるからです。「あ、自分でも変えられた」「ここならコントロールできた」という感覚。この感覚こそが、経営者が再び前を向くためのエネルギーになります。
金策による「輸血」は時間を稼いでくれますが、根本的な「止血(業務改善)」を行うには、この「自分ならできる」という自信が必要です。半歩の積み重ねは、目に見える数字に反映されるまでには時間がかかるかもしれません。しかし、心の中では確実に、足場が固まっていくはずです。
一度にすべてを解決しようとするのではなく、「今日はここだけ、少しだけ良くできた」。その実感を大切にしてください。半歩ずつであれば、怖くはありません。そして、その半歩の積み重ねが、やがて自然と大きな一歩へと繋がっていきます。
今日からできる、小さな一歩
今、この文章を読み終えた後、何か一つだけ試してみていただけないでしょうか。それは、立派な計画書を書くことでも、社員に号令をかけることでもありません。
「今日一日の中で、自分ができていることを3つだけ、書き出してみる」
ノートの端やスマートフォンのメモ帳で構いません。「メールを返した」「時間を守って出社した」「社員に挨拶をした」。そんな、あまりにも当たり前で、価値がないと感じることで十分です。まずは、「自分はゼロではない」ことを視覚的に確認することから始めてみてください。
もしかすると、最初は書き出すことさえ億劫に感じるかもしれません。それでも、一つでも書き出せたなら、それはすでに「半歩」踏み出した証拠です。
焦らず、でも確実に。まずは足元の小さな光を見つけることから、始めていきましょう。
ただ、この半歩は、放っておいても続くとは限りません。壁にぶつかれば、また止まってしまうこともあります。次回は、その続け方について書きたいと思います。